恐怖のドライブ

13 11 2011

1人で運転してるのは好きなんだけど。
あり得ないことが起きた。
マジね、運転しててこんなに怖い思いしたの、初めて。

 

 

夜25時頃。都内を走ってたら、後ろから煽ってくる黒い車が。
たまに、そーゆー車いるし、そんなに気にしてなかった。

 

東八に出たから複数車線になるし、勝手に抜いてくだろう、と放っておいた。
赤信号で隣同士になる。目が合っても嫌だから、真っ直ぐ前を向く。

 

信号が青になると同時に、黒い車が前に出た。
が、煽ってたくせに、速度を上げていかない。
常に私の少し斜め前を走ってる。

 

次の赤信号で、また隣になった。
黒いマドが開いて、中からお兄さんが手を振ってきた。

 

たまに車同士なのに、ナンパしてくる人がいるから、
またそれか、と思って、これも放置。
知らんがな。

 

青信号になったから、サクッと速度上げて走る。
が、さすがに下道、そんなに速度出せるわけでもない。

 

ほぼ並行に、かなりの速度で進む2台の車。
黒い車はお兄さんが数人乗っているらしく、
後部座席のお兄さんに、走行中もジーッと見られてるのが分かった。

 

そしてまた赤信号。
今度はさすがに横の車を見た。
自分より少し年上な感じのお兄様が何人かいらっしゃる様子。
車は黒いオデッセィ。

 

ビビッたのは、この後。

 

停車中の2台、わりと近くに寄せられてるのはわかったんだけど、
私の車のマド、数センチ開けてあったところから、手を突っ込んできた。

 

おいおいおいおいおい。
どこいくのぉ~とか聞こえたけど、ありえないアリエナイ。

 

これにはちょっとビビる。
もう東八を走るのはやめようと、途中道を変えて、甲州街道に逃げようとした。

東八と甲州を結ぶ1本道に入るも、やっぱり後を追ってくる車。また煽り始める。

 

 

…が、少し走ったところで、後ろの車が左折!!
あの煽りっぷりは何だったんだろう…と疑問を抱きつつ、胸を撫で下ろす。
とりあえず、道も狭いし、そのまま甲州街道に向かう。

 

甲州街道に折れる信号で赤信号になり、停車した。
その交差点にはガソリンスタンドがあって、その明りで車の中が明るくなった。
iPhoneをいじりながら、信号が変わるのを待っていたら、
急に車の中が暗くなった。

 

ガソリンスタンドの方を向くと、さっきの車…。

これには相当恐怖を覚えた…。
どうやら、違う道から出てきた様子。

 

マジでこれはアリエナイ、と甲州に入ってから速度を上げる。
恐怖で身体がガクガク震える。

 

申し訳ないんだけど、甲州は深夜でもタクシーとかトラックが走るから、
速度上げて、縫わせていただいた。

 

運転にそこまで自信はないけど、距離感覚と判断能力でカバー。
怖くて仕方なくて、音楽の音量上げて走る。

 

新宿に入る前に、追ってくる黒い車を撒いた。
甲州から少し外れた道で、震える身体を落ち着かせた。

 

 

一体あれは何だったんだろう。
ナンパにしては、しつこ過ぎる。
そもそもね、車同士なのにナンパする時点でおかしいんだけど。

マジで、マジでビビッた。

 

 

 





渋谷で泣いた。

29 10 2011

基本的に、知らない番号の電話には出ない。

土曜の昼間、携帯が鳴る。
知らない番号。

平日の昼間なら、そんなに気にしないんだが。
休日に電話って、なんだろう。。。

 

今朝、突然ネックレスが切れた。
何か嫌なことが起こるんじゃないかと、そわそわしていたところ。

そんなところに、知らない番号からの電話。

気になって仕方なくて、かけ直してみた。

 

あまり聞き覚えのない女性の声がした。

でも、
「北海道の……」
この一言で思い出した。

5年前、国立身体障害者センターに入院していたとき、
一緒に過ごした仲間(男性)の、お連れの方の声。

 

もうこの声も5年ぶり。
何事か、眉を顰めながら聞いた。

障害が悪化しているらしく、もう北海道の病院では尽くす手がないということで、
東京の専門病院に検査入院に行った、という話だった。

 

まずは安心。
でも、車イスで土地勘もない彼が、一人で東京に入院しに、と…。
そりゃ心配だよね。

もちろん、会いに行きます。

 

 

5年前、彼と私と、
もう一人50代の千葉県在住のオジサマ(以下パパ)が、同じ食卓メンバーだった。
北海道の彼と、千葉のパパと、毎日一緒に食事して、毎日一緒に励まし合ってた。

たぶん、自分の父親と過ごす以上に、
濃い時間を、長い時間を、彼らと過ごしていたと思う。

 

せっかく北海道から東京に来ているんだもん、
千葉のパパも一緒に、北海道の彼を見舞いに行こうよ!
と、連絡してみた。

 

すると、予想外の回答。
千葉のパパは、今日、退院してきたばっかりなんだ、と。

かなり体調が悪くなっているようで、
毎月、1週間程度の緊急入院を繰り返しているらしい。

 

千葉のパパは、健常な頃、すごくアクティブな人だったと、聞いている。

入院中も、毎日怖い声で怒られてた(笑
飯ちゃんと食え、とか、朝早く起きてリハビリしろ、とか…
朝なんて、わざわざ私のベッドまで来て、起こしてくれたぐらいで(笑

 

 

なんかさ、すっごい悲しかったし、すっごい悔しかった。

うまく言い表せないけど。

千葉のパパと電話で話していたときは渋谷にいた。
すごく悔しくて、話しながら泣いてしまった。

 

みんなスゲー頑張ってんだよ。
マジで。

マジでみんな、すげー頑張ってんの。
神様はどこまで、これを続けんだよ。。。

 

 

神経を損傷したとは、どうゆうことなのか、
障害者になるということは、どうゆうことなのか。

毎日語り合って、毎日涙して、全員がもがいてた。

出会ったことのない身体の異変に、
受け入れがたい現実に、
身体もだが、心も脳ミソも、フル稼働だった。

 

でも、退院してからが、本当の現実の始まりだった。

でも、それでも、みんな頑張ってる。
頑張ってるんだよ。

 

自分は、もう車イスを必要としていないけど、
入院仲間の多くは、完全に車イスの生活になった。

それだけでも、十分だろ。
十分すぎるぐらいだろ。

考えれば考えるほど、涙が出てくる。

 

彼らが希望を抱けるように、
自分はもっと頑張んないと、って思った。

たぶん足りてない。

自分の身体の回復には決して満足していないが、
生活するための最低限には、戻ってきた気がしてる。

 

もっとできる。
もっともっと。

もっと自分には、たくさんのことができるはず。

怠けすぎだ、自分。





個々の幸せのために。

15 09 2011

学生のとき、

いかに沢山の人の苦労や不便を取り除けるのか、
いかに沢山の人が幸せを感じることができるようになるのか、

そんなこと考えてる自分がいて。
途上国支援や生命科学などに強い興味を持ってたけど。

 

自分が大怪我で長期入院してからは、少し考え方が変わって。

自分は、沢山の人ではなくて、
個人の幸せの近くにいたいんだ、って気が付いて。

 

医療の発展のお陰で、身体を治していくことはできるけれど、
精神的な部分は、個人個人のつながりが大きな役割を果たしていて、
自分はその精神的な部分を支えてくれた個人個人に、すごく感謝してる。

偏った言い方をすれば、
本人に治す意志があろうがなかろうが、医療的処置はなされて、勝手に治されてく。
だけどね、リハビリは違う。
そこには本人の強い意志と、その意志を支える精神力が必要になる。
それは一人じゃ苦しいものがあって。沢山の仲間や支援者がいてこそ、と思ってる。

 

ガールスカウトをここまで続けてきたのも、
自分が楽しんでるのもあるけれど、一番は、子供たちの笑顔が見たいから。
彼女たちの笑顔の近くにいたいから。
彼女たちの笑顔を生み出したいから。

 

そう思ったとき、
自分は今の仕事に満足してるのか?
そんな疑問を自分に投げた。

回答する必要もない。

 

 

人の人生には、みんなそれぞれのドラマがあって。
ドラマって言っても、派手であれ、ということではなくてね。

それぞれが、それぞれの人生を生きているわけだけれど。

 

私は、その誰かの人生の”便利”を叶えるよりも、”不便”を取り除くよりも、
“幸せ”のそばにいたい。

辛いことがあったとしても、そばで支えになれるのであれば、
その方が双方にとっても幸せなんじゃないかと思うわけで。

 

 

いやね、セラピードッグのTV番組見てて、いろいろ考えてね。
個人に向き合える、個々の人生に向き合える仕事なんだな、と。

んー。
向き合わなくてはならない、という言葉の方がしっくりくるのかもしれないけど。

素晴らしい仕事だな、と。

 

 

私も、個々の幸せのために、

自分の時間を、人生を、捧げたいものだな、と。





離れてく

22 08 2011

自分の過去の経験や感情から作り出された、
不変であると信じていたもの。

 

……それが、崩れ始めた。

 

身体に染み付いている癖も。

心に与え続けられた安らぎも。

頭で理解していた、いまは不安定な、不変であるものも。

 

築き上げてきたすべてが、
すべて違う方向へ乖離していく。

 

 

予期していなかった事態。

 

 

 

 

愛してる、と言ってほしい人は、
この人だけ、と決めていたの。

 

 

 

決めていたの。

 

 

 

 

 

決めていたのに……

 

 

 

 





頭が疲れる。

18 08 2011

久しぶりに、リハビリしたくて、歩いた。

歩いた。って・・・
1時間半、私なりの早歩き(たぶん普通の人の普通の速度)で歩いた。
距離にして5kmぐらい、かな。

もーさぁ、自分の納得する姿勢で歩けないのが、すげーむかつく。
歩き方も速度も気に食わない。

 

 

いやね、
キレイに歩く、という見た目を求めているわけではないのよ。

今の状態で歩いていると、
・ 動かせない足の指が固まったままになる
・ 麻痺レベルの低い左足がタコいっぱい
・ 脚の筋肉の付き方に偏りがある
・ 上半身をうまく保てず歩いてると腰痛くなる
・ 歩き方が変だから、靴がすぐダメになる
などなど、問題があるわけです。
そもそも走れないし、背伸びできないけど。

でもね、
やっぱり、健常に近付けるなら。
近付けられるだけ、近付きたい。

会社入ってから、ろくに運動してないから、
筋肉量も異常なぐらい落ちてる。

去年、エステ行ったときに、脚の脂肪率を量ってもらったんだけど。
40%直前だった。半分近くが脂肪。マジでー(笑)

つことで、筋肉量も増やしたいのよ。

 

 

麻痺してて力が入りづらい、
力の入れ方がわからない、
地に足がついてるのかわからない、
その足に、

自分の意識を集中させて、
如何に動かすべきか、
どこの筋肉を使えばコントロールできそうか、
一歩一歩を考えながら歩く。

一歩ずつ考えては、
次の一歩で、改善を試みる。

どこに力を入れればいいのか。
どうしたらうまく歩けるのか。

うまくコントロールの利かない足を動かすのは、
すっごく頭が疲れる。

 

もう神経がつながっていない足。
でも、まだコントロールできる部分をうまく使えば、
神経が途切れている部分も、多少動くことがあるのも、知ってる。

脳ミソから、一生懸命、
下半身につながる神経に、指示を送る。

もー足が痛くなる前に、頭から湯気が上がりそう。

 

 

でも、良いよね。まだ、もがいてても。
もがく余地があるなら、もがけば良いよ。





1年以上

18 08 2011

あらやだ。

1年以上もブログを放置してる。

最近はソーシャルメディアを活用することが多くて。

TwitterだのFaccebookだの。しかもアカウントも複数あるわけで。

適材適所じゃないですけど。考えるわ。





障害者雇用

7 08 2010

自分が勤めている会社で、
“部署に所属している社員”、という肩書がある一方で、
私は “障害者のリクルーター” という側面を持っている。

障害を持っている就活生をターゲットに、
障害を持って働くことはどうゆうことか、をプレゼンしたり、
彼らの小さな、だけど大きな疑問に答えるために座談会へ顔を出す。

会社で地方出張に行かなきゃいけないときは、
本業ではなく、リクルーターとしての出張が多い。

最近、本業に手こずっており、
リクルーターのお仕事を忙しさからお断りしていた。

・・・ら、お断りしたイベントがニュースになってるではないですか~。

ソフトバンクモバイル、障害のある高校生を招いて職業体験イベントを開催

あ、ちなみにソフトバンクの人間ではありませんので(笑

最近の障害者雇用は企業のアピールにも使われるわけで、
割と大企業はお金かけてやってるのが伺える。弊社も同じく。

今回はソフトバンクがiPhoneを使って、
聴覚障害者用のシステムを提供しているようですが。

Sonyが来てたときは、PSPで同じようなシステムを提供しておりました。

すごいねぇ~。

自分が肢体障害なので、
視覚、聴覚、内部、精神などの障害がある方については言及できませんが。

障害があろうと、健常者と同じようにガツガツ働いてみたい!
って言うことなら、
まずは障害のことは考えすぎずにエントリーしてみるのが良いんじゃないかな。

身体がついていかなかったら、辞めれば良いし。

申し訳ないけど、
障害があるからできません、っていうの好きじゃないんだ、私。

最初から挑戦しないで諦めて、
甘えながらの障害者ライフを生きてたら、
もっと自立(自律)できなくなるし。

それに、今は社会も企業も、
障害者を雇用しようと働きかけてくれている。

就活で武器にもなる障害者雇用の制度や法律について、
少し知識を入れて。

障害に勝る自分の価値を知ること。

障害者である自分に自信を持つこと。

まずはチャレンジしてみよっ。





風の会 -鈴鹿で風になる-

5 08 2010

先日、初めて鈴鹿までおでかけ。
風になりに行きました(笑

プロライダーの有志が集まったボランティア団体が主催する、
障害者もバイクに乗って風になろう!というイベント”風の会”に参加してきました。
(ちょっと意訳)

障害を持ってるからバイクに触れる機会がありません。
興味はあるけど、障害があるからバイクに乗れません。
バイク好きだったのに障害負って乗れなくなりました。

そんな障害者をバイクのケツに乗っけて・・・
鈴鹿を走ろう!
バイクの楽しさを感じよう!
そして、風を感じよう!

30名程度の現役・OBのプロライダーが、
色々な障害を持った人たちを乗せて、鈴鹿を走ってくださいました。

私を乗せてくださったのは、
根元健さん(KEN’S TALK2)という素敵なおじさま。

「40年前のチャンピオンです」と笑顔で自己紹介してくださったのがとても印象的。

そして乗せていただいたバイクは、
BMW R1200RT。

排気量も価格も、車に引けを取らない子。

身体に障害がある人たちがケツに乗るということで、
ガツガツにベルトで固定され、いつも以上に自由の利かない体に(笑

色々な障害の方がいるので、安全は第一ですからね。
ベルトで固定されている最中から、暑さで半死になっているような障害者も多々(笑
でもこのベルトのお陰で、死んでもバイクから落ちることはないです(笑

しかも、炎天下なのに体温調節ができない私には、
2名のうちわ扇ぎ隊がいつも横にいてくださり・・・。
首元に冷たいタオルを置いてくださる方や・・・。
冷えた水を持ってきてくださる方など・・・。

姫になった気分でした(笑

姫になった10分後ぐらいには、
そう、風に・・・!

鈴鹿の6キロ弱の道のりを走り抜ける!!(><)
とは言え安全運転ですが(^^

それでも、乗せてくださった根本さんは、
後ろに乗っている私の状態を見つつ、

直線での “スピード感ある走り” や、
コーナーでの “倒し込み”、
そして一番感動した “S字でのしなやかな走り” を体感させてくださり。

さすがプロ。
あんなに短い距離で、あんなに短い時間だったのに。

最高のひとときでした。

あの一瞬のためだけに、
あれだけの人が集まって、ボランティアでイベントするってすごいことだと思う。

ライダーだけでも30名程度、
イベントスタッフは地元高校生やボーイスカウト(!)も含め、
100名以上いたんじゃないかと思います。
物資も結構しっかりしている方だと思ったし。

これだけの規模にしていけるって・・・
バイク好きは熱いなぁと実感(笑

えー、ろくに写真も撮ってないので・・・申し訳ない(^^;
ネット上には私のアホ顔と共に乗せていただいてる画像も出てるっぽいので、
見かけたら笑っておいてくださーい(笑

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ブログ再開の本当の理由はこれ。

根本さんへお礼をお伝えしたい。

ネットで調べればメアドぐらい出てくるだろうから、
帰ったらお礼のメール出そっ
と思いながら帰宅したものの、連絡先がわからない。
ネットで調べても出てこない!(><)

ということで、自分のブログを発信として、
お礼を残しておこうかな、
というのが本当の理由なのです。

根本さ~ん、ありがとうございましたー!!!








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